抗生物質の副作用とその対策

投稿日:2010年6月8日|カテゴリ:基礎知識

●抗生物質の副作用とその対策

性病は感染症の治療のために抗生物質をよく使います。専門的には抗生物質ではない抗菌剤のほうが広く使われていますけれども、ここではわかりやすく「抗生物質」の呼び名を使います。

抗生物質の歴史と種類


 抗生物質は自然界に生息する微生物が自分の縄張りを獲得して繁殖するためにほかのバクテリアを攻撃するために作り出した物質のことです。抗生物質の中に はがん細胞も攻撃するものもあり、それを利用した抗がん剤も広く使われています。余談ですが、著者はKazusamycinAという抗がん抗生物質を膀胱 がんに用いる実験で博士号を取得しましたので、抗生物質に対する深い愛着があります。

 20世紀最大の医学的発見といわれるペニシリンは1928年にイギリスのフレミングが偶然から発見しました。(詳しくはWikipediaを ごらんください) その後ペニシリンに改良が加えられ多くの抗生物質が誕生しました。ペニシリンの発見から10年後には新しい系統の抗生物質(セフェム系)が発見されるな ど、世界中で新しい抗生物質の開発競争が巻き起こりました。人類はその恩恵によって多くの感染症を克服し、世界的に平均寿命を延ばすことができました。し かしその一方で、乱用によって副作用とか、耐性菌の問題が世間の注目を集めるようになってきました。

 1990年代前半に登場したニューキノロンは強い抗菌作用と少ない副作用で一躍主役の座に躍り出ました。確かにニューキノロンの登場によって淋菌感染症は激減し、「淋病は絶滅する」とさえ言われた時期もありましたが、5年もたたないうちにニューキノロン耐性淋菌が現れて、淋病の勢力が復活してしまいました。現在は淋病の治療にはペニシリンを、クラミジアの治療にはマクロライドかニューキノロンを使うように治療のすみわけが進んできています。

  抗生物質は病原菌だけではなく、人間の細胞にも攻撃的に作用します。そのような作用のことを副作用と呼んでいますけれども、抗生物質に口があったならきっ と「人間の勝手でヒーローにしたり悪役にしたりしないでよ」というに決まっています。私たち人間には抗生物質のよいところを利用して、悪いところをできる だけ避けるための知恵も持っています。そのためにはまず相手を知ることからはじめましょう。


抗生物質の主な副作用
 副作用の出方は薬によっても多少異なります。いろいろな副作用がありますのですべてを書き出すわけにはいきませんが、抗生物質にほぼ共通して起こる代表的な副作用と、とても少ないのですが重要な副作用について一覧表にまとめました。

副作用の種類
主な症状
頻度*
重症度**
胃腸障害 胃のむかつき・吐き気・下痢・便秘・腹痛・消化不良・味覚異常
多い
軽い>重い
皮膚障害 かゆみ・湿疹・蕁麻疹・光線過敏症
中くらい
軽い>重い
全身倦怠感 だるさ・筋肉痛
中くらい
軽い>重い
感染症 膣炎(カンジダなど)・日和見感染
中くらい
中くらい>重い
肝障害 だるさ・発熱・黄疸
少ない
中くらい>重い
腎障害 尿量減少・むくみ・だるさ
少ない
中くらい>重い
心臓・呼吸障害

動悸・息切れ・低血圧・呼吸困難・喘息

多い〜少ない
重い
精神神経障害 ふらつき・めまい・ねむけ・夜間せん妄
中くらい〜少ない
中くらい>重い
血液障害 貧血・溶血・顆粒球減少・血小板減少
少ない
重い

*頻度 薬によって異なります。 おおまかに
  「多い」=5%前後 「中くらい」=5〜1%程度  「少ない」=1%未満 を目安にしてください。

**重症度 これもケースによって異なります。
 「軽い」=気をつけながら服用を続けてもいい  「中くらい」=服用を一時やめて主治医に相談する
 「重い」=すぐに服用をやめて専門医を受診する。

             赤い文字の副作用は特に気をつけるものです。


 副作用のなかで最も多いのは 胃もたれ、むかつき、吐き気・消化不良などの胃腸障害です。皮膚症状は有名ですが、それほど頻繁には見かけません。体 がだるい、つかれやすい、いつも眠いといった訴えも比較的よくありますが、よく聞くと薬の副作用ではなくて体調管理を万全にされていないケースもたまに見 られます。いくらきちんと薬を飲んでいても寝不足で毎晩酒びたりでは十分な治療効果は得られません。最終的に病気を治すのは自分の体の抵抗力です。薬は少 しそれをサポートしているに過ぎないと考えていただいたほうがよいでしょう。確実に早く治すためにも治療中の体調管理には普段の何倍も気をつける必要があ ります。

副作用の対策

  ここに書かれた副作用は、軽いものから重いものまであり、軽いものは頻度が高く、重いものは頻度が低い傾向にあります。しかし1万人にひとりにしか起こら なくても、薬を使う上ではこのような副作用があることを知っておいてほしいのです。対応が早ければそれだけ大事に至らずに済みますから。また、これらの副 作用は一緒に使った薬とか、体質によって症状の出方や強さもひとそれぞれですので、個々の事例につきましてはその薬を処方した医師か薬剤師に直接お尋ねください。それぞれの症状には軽いものから重いものまでさまざまです。薬を飲むまでなかったような体の不具合に気づいたら、その薬を処方した医師や薬剤師にお気軽にご相談ください。些細な症状でも「怖い」と思ったら、ご自分の判断で服用をやめてください。そしてできるだけ早く主治医に受診していただきますようお願いいたします。

●胃腸障害
 むかつき、胃もたれ、吐き気、などの胃腸症状は 最も多い副作用のひとつです。抗生物が胃粘膜に対して害を及ぼす場合や、胃酸の影響を強くしてしまうことが原因です。胃が空っぽのときに抗生物質を飲む床 の副作用が出やすいので、抗生物質は必ず何かものを食べた後に服用してください。牛乳などカルシウムを含む飲み物は、薬の吸収を妨げます。もちろんアル コールは胃腸障害以外の副作用も増長するばかりではなく、抗生物質の作用を低下させますので治療中の飲酒はできるだけ控えてくださいあまり危険な副作用ではありませんが、症状がひどければ服用を中止してください。

 味覚異常とは、薬が血液に溶けて唾液に出てくることによって、もともと薬が持つ苦味を感じて食べ物の味が変わる現象です。あまり危険はありませんのでできれば服用を続けていただきたいのですが、症状がつらければ服薬を中止してください。

 下痢、消化不良は 腸内で消化吸収を助けている細菌まで抗生物質が減らしてしまうことによって起こります。抗生物質服用中はできるだけ消化のいい食べ物を摂るようにしてくだ さい。ヤクルトやヨーグルトなど乳酸菌飲料は消化不良の予防に有効です。エリスロマイシンなど下痢を起こしやすい抗生物質を処方するときにはあらかじめ乳酸菌製剤(ビオフェルミンなど)を併用します。下痢止めも有効ですが、クロストリジウム・ディフィシスという病原菌が出す毒素によっておこる重症な下痢(偽膜性腸炎)に対しては安易に下痢止めを使うべきではありません。激しい下痢で発熱矢血便などを伴う場合は偽膜性腸炎を疑いますから、すぐに服薬を中止して病院に行きましょう。夜中で主治医と連絡が取れなければ救急車を呼ぶほどの重大なケースも想定されます。

●皮膚障害
 抗生物質服用中は皮膚が乾きやすくなり、かゆみが出やすくなりがちです。つめで掻くなどの刺激を加えるとその部分の皮膚の皮下組織にかゆみを増強する化 学物質が集まってきて余計にかゆくなります。少しかゆくても掻かないことが大原則です。そのほか、抗生物質のアレルギーとして皮膚に湿疹、かぶれ、蕁麻疹 などが起こります。俗に言う「薬疹」のことです。薬疹は軽くても薬を飲み続けるとどんどん悪くなりますからすぐに服用をやめて主治医にご相談ください。重症になると生命にもかかわる場合もあります(Stevens−Johnson症候群など)。湿疹がひどくて水ぶくれ、発熱、関節痛、目の充血などがある場合は、危険な信号です。すぐに服用をやめて受診してください。

●特に重要な副作用
 性病の治療でよく使われるニューキノロン系の抗菌剤を服用する上でとくに気をつけるべき副作用として光線過敏症、糖尿病の悪化、横紋筋融解症があります。

①光線過敏症
 抗生物質が皮膚近くまで到達することによって、紫外線に対する皮膚の反応が強く出てしまう現象です。わかりやすくいえば「抗生物質が日焼けをひどくする」 ということです。特に夏に多いのですが、紫外線は5月ごろから多くなってきますから、気温が暑くなくても注意が必要です。初夏から秋にかけては直射日光を避けるようにしてください。もちろん真冬でも日焼けサロンは禁物です
 ニューキノロン系抗菌剤はたいていの薬が光線過敏症が起こりやすいのですが、有名なものはスパラなす。

②耐糖能低下(糖尿病の悪化)
 ニューキノロン系抗菌剤に共通 して、耐糖能(血糖値を一定に保とうとする力)を低下させて、糖尿病を一時的に悪化させてしまったり、糖尿病治療薬の効果を増強させて低血糖を起こしてしまうことが知られています。糖尿病と診断されている方、糖尿病の治療を受けている方はもちろん、重い肝機能障害、腎機能障害のある方には投薬に細心の注意が必要です。性病科を受診する人は元気で活動的な方が多いのですが、たまに腎臓病や肝臓病をお持ちの方もいらっしゃいます。そのような方は初診時に医師にはっきりと病名とその病状を伝えてください。
 ニューキノロンは多かれ少なかれ耐糖能異常を起こす可能性があります。代表的な薬はガチフロです。

③横紋筋融解現象
 体の筋肉が溶け出し、ミオグロビンという物質が腎臓にたまって、重症な場合は急性腎不全を起こしてしまう、非常に危険な副作用です。特に血中コレステロールを下げる薬 の副作用として有名な副作用ですが、ニューキノロン抗菌薬や一部の風邪薬などでも起こることが知られています。とくに高齢者や腎機能が低下している方に起こりやすく、また、これらの薬を飲み合わせたときには注意が必要です。幸い、 あまり頻度は高くありませんが、高コレステロール血症で治療中の方、腎機能が悪い方は必ずお申し出ください。